貸して下さい

 

最近、気候が良くなったせいか、どこの公園に行っても満員状態が続き、私もカンネンして満員の公園で長女を遊ばせている。



まわりのママゴンの視線を気にしなければどうってことない、という悟りをひらいた私は最終解脱者だ。というより、臨月近い妊婦の根拠のない自信が、まわりの視線を簡単に吹き飛ばすのだ。

公園での力関係というのは、本人の能力や努力量とは全く関係のない所で決定される。子供の年齢、月齢が上の方が強く、子供が一人より二人、二人より三人のママの方が強いのである。故に、大多数が一人目の子供にかかりきりのママ達の中では、二人目がお腹にいるママの方がデカイ顔をしているし、そんな中でも私は「臨月の妊婦」という印篭を持っているので、まわりのママも一目置く。

公園の人間模様は、全く嘲笑モノだ。

しかし、私はその無言の力関係のお蔭で、悠々と長女を遊ばせているので笑ってばかりもいられない。そんな満員の公園で、最近、たて続けに変な気分にさせられた事件があったので、今回はそのお話をしてみたいと思う。

公園内では色々な遊戯類がある。その中のひとつ、ティーカップの様な回転式遊戯があり、長女はそれを指さして乗りたそうにしていたのだが、使っている子供達がいたので、「お兄ちゃんが使っているから、また後でね」と言ったところ、長女は納得して砂遊びを楽しんでいた。

しばらくして見てみると空いていたので、長女を誘って乗り込んだところだった。長女は手放しで喜んでいたが、そこへ突然、「貸して下さい!」と大きな声で言いながら走ってきた男の子が二人いた。私は小さいのに「貸して下さい」なんてきちんと言えるその子達に感動して、長女にはかわいそうな事をしたが、礼儀をわきまえる子供にはそれなりの対応を、などと思いアッサリ譲り渡してしまった。長女はその後しばらく、そのティーカップもどきを眺めていたが、すべてに淡白な彼女はすぐ諦めた。


それから数日して、長女はブランコを眺めていた。そこはまたもや満員だったがほどなく空いたので、長女が喜び勇んで乗ろうとしていたが、1歳4ケ月では一人では乗れない。私が乗り込んで長女を抱っこしたその時だった。またもや背後から「貸して下さい」の声が。2台のブランコのうち、空いていたもう一つのブランコに乗り込みながら、6歳位の女の子が私に言った。

私は、「この子は、自分のブランコを確保しているのに、何言ってるんだろう」と思ったのだが、やっぱりキチンと断っているのだから、と思って素直にブランコを降りてみて驚いた。後ろから遅れて友達が来たのだ。その友達は当然の様にブランコに乗り込み、二人で楽しんだ。それを見た私は、言い様もない不快感を覚えた。怒りさえこみあげてきた。と同時に自分が幼い頃の公園での行動を思いおこしていた。

私は人に「貸して下さい」と迫ったことはない。

ブランコが満員だったら周りで待機していたものだ。並んで待ってはいなかったが、「次はアタシだもんねー」と言ったり順番をアピールしたりした。子供の事だから、圧力をかけたりもした。「長いな。まだかなー」などと無礼な事を大声で言ったものだ。その圧力に屈して、早めに切り上げる子がいたり、完全無視されたりしたが、強引に奪いとる様なことはしなかった。おまけに後者のブランコの一件は、自分の分は確保しているにも関わらず、後から来る友人のために自ら「貸して下さい」と言うなんて、大人の様な気の使い方に気色悪さを覚えた。私だったら、友人と一つのブランコを時間交替するとか、じゃんけんで決めて乗るとか、そういうことをしたと思う。そのうちに、ブランコは必ず空くのだ。そうすれば二人で乗ればいい。私としては、まだ強引に奪いとられた方が、子供らしくて納得したかもしれない。でも、この子供達はきっと、「貸して下さい」という魔法の言葉を覚えて、これからもいろんなものを(結局は)奪っていくのだと思うと、とても恐ろしい気持ちになった。


 その後、私は何度となくこういった光景を目撃したのだが、最近になって、その原因がわかった。砂場で他の子のスコップを使おうとしていた2歳位の子供のママは、「ちゃんと、『かして』といいなさい」と一所懸命教えこんでいた。逆に言うと「貸して」と言えば使っていい世界なのだ。そして、それをとられた子供が泣いても、その子のママはこういう。

「いじわる言わないで、貸してあげなさい」

と。それを見ていて何故だかわからないが、私自身が泣きそうになった。人それぞれ性格も違うし、物に執着する子も淡白な子もいる。勿論、相手のママに対しての社交辞令的な言葉だとしても、「いじわる」と言われた子供の心はどんなに傷ついたことだろう。そして大人の言うことを聞くイイ子になっていくのだ。

私としては、人に対する思いやりを教える、というより世渡りの術を教えている様な公園での風景に、とても憤りを感じた。しかし、これから社会生活を送る上で、まわりから浮かない子供にしたい、というママの心情は痛いほどよくわかる。しつけがなっていなくて、自分の愛する子供が「イジメ」られるんではないか、という不安がよぎり、「最低限のしつけだけは」と子供に色々と教えこむ。

「本当の国際人とは多様性を受け入れること」

だと信じている私としては、もっと違うことを長女に教えたいのだが、きっと私も、そのうちに公園のママ達と同じ様な叱り方をするのだと、心の奥では諦めている。
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