愛情の法則

 

統計的に実証したわけではないが、「女性の異性観と親子関係(特に母娘関係)」にはある種の相関関係があるように思うのだ。



私が思うに、親から受ける愛情によって子供の行動に違いが出てくる様なのだ。どこから見ても愛情が欠如している場合、グレてしまったり犯罪に走ってしまう例はよくある話だ。だが、私は「オプションの愛情」と呼んでいるのだが、その必要充分な愛情より少し踏み込んだ「おまけ」の愛情を受けていない場合、その女性は男性遍歴を重ねてしまう傾向がある様に思うのだ。容姿に恵まれていると、よりいっそうその傾向は強くなってしまう。

オプションの愛情というのは、言葉は悪いが「親として充分、社会的に非難されないレベルの愛情」以上の子供に対する個人的な愛情の事を指す。(実際には、「親」でなくても、そういう愛情を注いでくれる大人が一人でもいればいいのだが。)オプションの愛情がなくても、親は「充分子供に対して責任を果たし、愛情を注いだ」と思っているケースが多く、子供の方も親に充分感謝し、かわいがってもらったと思っているのだが、心の隅で「でも、本当は私の事を嫌っているんじゃないか」という疑念を払拭できずに成長する。親子の間には、親子の情以外にも、人間対人間の相性、「好き、嫌い」が存在するのだ。親が必ず自分の子供を好きとは限らないのだ。

オプションの愛情は、子供が嫌がっても思わず後ろから抱きしめたくなる様な、「好き」という感情が根底に流れる。こいつが同世代だったら友達になりたい、人間的に好きだ、そういう愛情を受けて育つと、(親から受けたかった)愛情を無理に異性に求めない様になる。異性に対しては「異性愛」があって、親子愛、兄弟愛、とそれぞれ愛情が違う、ということを自然に知る様になる。

しかし、そのオプションの愛情を受けずに心にわずかな疑念が残ると、その愛情をどこかで埋めようと無意識のうちに努力し、その結果、どの男性とつきあっても心の穴に悩まされてしまうのだ。

彼女の「心の穴」の存在に気づき、異性愛よりもっと大きな愛情を与えてくれる男性に巡り合わない限り、つらい毎日を送るのだ。

私の(異性関係の華やかな)友人達は、絵にかいた様に似た親子関係を持っている。

でも、これは親にも責任がないというか、もうどうしようもないことなのである。好き嫌いは個人の感情で、隠そうとしても子供が勝手に感じとってしまうものだ。幸いにも私は個人的に自分の子供がめちゃくちゃオモロイ人間に見えて興味深くて、だからファンになってしまうほどのオプションの愛情を持ってしまっている(笑)。

母親の勘というものは凄いもので(女の勘もすごいが)、子供に何かトラブルがあった時に「母親からの愛情不足かも」と非常に正しい疑念を持つ。でもそれが何らかの事情で与えられないのなら、自分を責めても仕方がない。そんなにコトは簡単じゃない。だから家族や身近な大人の手を借りる、そしてそれが母親として何のネガティブなレッテルを貼られない、そういう世の中であれば尚いいだろうなあ。
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