刻印づけ(インプリンティング)

心理学用語に「インプリンティング」という言葉がある。




「刻印づけ」とも「刷り込み」とも訳されているが、

「アヒルが生まれて最初に見たものを母親だと思ってついていく」

ということは御存知の方も多いと思う。そういう事が人間にもありえるのか、結構興味があった。

最近の乳幼児関係の心理的な話題と言えば、胎教や「出産を記憶する子供」など、色々とあるが、その中に、「生まれてすぐの子供を母親が抱っこした場合としなかった場合とで、その後の親子関係において違いヘあるか」というのに興味があった。

本によると、子供側にはあまり変化がないが、母親側の傾向として、抱っこした方が子供に愛情を注ぐという事が書かれていたので、「フン」と思ったりもした。私が上の子をソウルで産んだ時は抱っこさせてもらえなかったのだ。にも関わらず私は長女をとても可愛いと思ったし、しばらくはその事についてあまり考えることはなかった。

しかし最近になって、長男と長女の違いを考える様になり、一番の違いは「母親に対する執着が違う」と気づいた。母親に対する執着に性差があるのかどうかは、私にはわからなかったが、長男の私に対する絶大なる信頼は、長女の時とは全く違うのだ。

感覚的な印象で申し訳ないのだが、性別による差とばかりも言えない様な気がしてきた。そこで、ハッと気付いたのだ。長男は生まれてすぐ抱っこさせてもらっていたのだ。その間、長男は全く泣きもせずに一所懸命私の事を見ようとしていた。実は私の方は「長女より髪の毛が少ないな」とか、「こんな小さいのにオッサン臭そうな顔してんな」「女の子の方が可愛いな、やっぱり」などと不謹慎な事を考えていたのだが、彼の方は「あぁ、これが俺のママか!会いたかったよ。もっと顔を見せてくれよ!」などと言わんばかりだったのだ。

しまった。ソレだ。長男は「私」という存在を、あの時「刻印づけ」されてしまったのだ。

本によると母親の方の意識に違いがあるとあったが、私よりも長男の方が影響が大の様だった。でもきっと、その刻印づけも、長男が1歳を過ぎる事には、きっと消えていってくれていると思う。そうでないと本当に困る。マザコンの根本は、「実は出産時に刻印づけされたから」という事だったら、もう対処のしようがないからだ。

長男、がんばって自立してね。
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