「人に迷惑」をかけるのが、そんなにイケナイ事なのか

「援助交際」をキーワードにして女子高校生の乱れを指摘する論調を目にする様になって久しい。




「最近の若いモンが」に代表される様な単なる「ジェネレーション・ギャップ」だと思っていたが、そういう簡単なものでもなさそうだ。話が「フツーの高校生が売春をする」という世界的にも稀な現象と「誰に迷惑かけてるワケでもないから、別にいいじゃん」と真顔で答える女の子を見て、「おお!親がなめられている」と実感した。その親は「迷惑かけてない」と言い張る彼女達を説得するRマを、きっと持ち合わせていないだろう。

「人に迷惑をかけてはいけない」

という方針は悪くないと思う。それが

「人に迷惑をかけていなければ何をやってもいい」

という発想に繋がっても不思議はない。

だから、私はこの言葉は「育児の指針」にするべきではない、と最近感じる様になった。それでは、私はどの様に考えているか、というと、

「自分自身にプラスになるかマイナスになるか判断して行動しよう」

という事だ。 
ある行動をとる時に、それが長い目でみた場合、自分自身にとって「プラス」になる事であればすかさず「ゴー!」で、「マイナス」と判断すれば「ストップ」をかける。要はこれだけの話だ。

しかしこれを実行するには少々知恵がいる。つまり刹那的に自分にとってプラス(快楽)になる事でも、長い目で見るとマイナスになる場合が多々あるからだ。何が自分にとってプラスで何がマイナスかを都度リストアップして、天秤にかけなければならない。これなら自分で好き放題できる、と短絡的に考えてはいけない。好き勝手に行動することによって、他人の自分に対する評価が下がる事は、自分自身にとってもマイナスである。

話は変るが、この「プラスかマイナスかを算出する」生き方では、他人に迷惑をかけてもイイ場合がある。というより、世の中自分一人で生きているわけではないので、一生「誰にも迷惑をかけずに終わる」ことなど不可能なのだ。

「人に迷惑を絶対かけない生き方」というのは既に矛盾を含んでいる。

一番大事なのは「迷惑をかけないでおこう」という事ではなく、「どのくらいの迷惑をかけるのか」を事前に考える事だ。そして人に迷惑をかけてでも自分の人生にプラスになると判断した場合は迷わず「ゴー」しても良いと思っている。くどい様だが、どの位人に迷惑をかけるかをちゃんと自覚し、またその行動がもとで自分の評価が下がる事を予測しても、結果的に自分の人生にとってプラスだと思う事はやっていいと思う。

坂本竜馬は脱藩の際、実のお姉さん二人を不幸にしている。一人は最愛のご主人と離縁し、一人は自殺している。それでも彼は自分の意志を通した。プラスだと判断しての事だ。そして二人の姉も、それぞれ自分にとってのプラスをとったのだ。二人とも最愛の弟を送り出してあげたいという自分自身の美意識を貫いた。そしてその結果を予測し、自分以外の人への影響を切るためにとった行動だった。迷惑をかけない様に、そして迷惑をかけた償いに。二人とも弟を犠牲にして自分だけ幸せになりたい、とはどうしても思えなかったのだ。そして竜馬は、そんな大きな迷惑をかけることを知っていながらも「ゴー」してしまう。天秤にかけるには、その「人に与える迷惑の大きさ」を知らなければならない。これを知ることが肝要なのだ。

話を「援助交際」に戻すが、私は高校時代に「新聞配達」のアルバイトをして以来、時給の安いアルバイトを複数経験している。友人が高給なアルバイトをしている時に時給400円のお魚屋で肉体労働していた。それは自分で好んでやっていたのだが、その理由は「学生時代に単価の高いアルバイトをする事によって、自分の金銭感覚が麻痺してしまう事の恐怖」を感じていたからだ。つまり、短期的に収入が増えて懐が潤ったとしても、それで私の金銭感覚が分不相応なものになれば、自分自身にとってマイナスである、と思ったからだ。

「援助交際」に走る女性達は、人生は20歳で終わるかの様な振る舞い方をする。高校生の時は、20代ではこう、30代ではこうなっていたい、という様な自分の理想像を持っているだろうと思うが、彼女達にはそんな先の事を考える気持ちはなさそうだ。だから長い自分の人生の中での「プラス」と「マイナス」が計算できない。そういう考え方を親から盗んではいない。小さい時からキチンとしつけられて「人に迷惑をかけてはいけない」という観点から、口やかましく言われて、がんじがらめの交通規制をひかれ、表面的には後ろ指さされない様な行動様式を身にはつけたが、生き生きと自分自身の人生を生きるコツを学んで来なかった子供達の「途中経過報告」が「援助交際」なのだ。

そして「親は知らない」と平気で言っている彼女達は、自分の変化に気付かない親を持った事、そして気付いていても反対する術も持たない親を持ったことを悲しむべきだ。間違っても「うまく騙せてラッキー」などと言えば、アホまるだしである。

人生は平均しても80年あるのだ。彼女達はその事をわかっていない。そして人生の勝者と呼ばれる人がいるとすれば、それは「死ぬとき」にしかわからない。

貴女が今やっている事は、貴女自身の人生にプラスになっているか。

貴女は自分自身に、そして自分自身の人生に責任を持たなければならない。

だって、誰も貴女の人生を生きてはくれないのだから。
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