「渇望」

日本の子供たちに、今なにが欠けているのか




長い間、子育てエッセイなどを書いてきた。自分なりに書いておきたいことが色々とあった。それは、私にとっては、のどまで出掛かっているのに出てこない何か、わかっているようで、わかっていない、でも絶対答えはあるのだ、というものを探す旅でもあった。今、私はメルボルンで大学院生として苦しい時間を過ごしている。やらなければならないことは山積み。でもこれだけは書いておかないと。そう、私なりの答えを見つけたのだと。

長い間の私の命題はこれだ。中学しか卒業していない私の両親が、あれほどまでに逞しく、そして地頭の良さを見ケることができたのは何故か。どこでそういう物の考え方を習得したのか。日本の学校教育では得られないものなのだろうか。そして、戦後の日本は、本当にゼロからの出発だったにもかかわらず、優秀な創業者がどんどん出て(それも高学歴な人ではなく)、世界に名だたる会社になったのは何故か。今現在、高学歴時代になったにもかかわらず、政治も社会もめちゃくちゃになっていったのは何故か。司馬遼太郎氏の命題、昔の日本人は立派だったのに、どこで日本人はおかしくなったのか、ということも気になることだった。なにが欠けているのか。教育制度なのか、人間の価値観なのか。なにより、子供がおかしくなっているのは何故か。

モンテッソーリもシュタイナーも、何故か違うと思っていた。何故か表面的な美しさばかりを見てしまって、私の求める解はここにはないと思ってしまった。ビジネスについても方法論を先に見るのがイヤだった。何故か"現場叩き上げ"みたいな感覚を信じたかった。私が知りたかったのは、自分を成長させる(それこそが教育の目的であると思っているのだが)ために必要なものは何かということだった。美しい環境なのか、愛情豊かな人間関係だろうか、満ち足りた知育玩具なのだろうか。

その全てが違う、人間を成長させるには、この一つだけがあればいいのだ、ということがわかったのは、ほぼ1年ほど前のことだった。メルボルンに来て、うちの子供たちのとった行動が、私にとっては信じられないほどのショックと感動を与えたのだ。

ご存知の通り、うちの子供たちはABCも読めない書けない知らない、という状況の中で現地の公立小学校にぶち込まれてしまった。オーストラリアでは、もちろん日本のテレビ番組が放映されているわけではない。子供たちは、学校に行っても、何も判らない。家に帰ってきて、テレビを見てもわからない。好奇心旺盛な3年生、1年生、幼稚園年長、という年頃の子供たちは、知識を習得したくてウズウズしているにもかかわらず、インプットが全くないという状態が数週間続いたであろうか。その間、私は庭で遊ぶ子供たちを見て、のびのびしていていいわね、とは思っていたが、彼らの知的欲求が満たされていないということを知る由もなかった。

本当に私は何も気づいていなかった。彼らが自分たちの部屋で深夜に何をしていたのか、ということを。寝不足が続いているなということだけはわかったのだが、何をしているのか、と思って部屋に入ってみて驚いた。長女も長男も、国語辞典を読んでいたのだ!

聞いてみると、既に家の中にあった本で読めるものは、何度も何度も読んでしまって、もう読むものがないから、国語辞典を1頁ずつめくっては読んでいたというのだ!私はうちの子供たちが、これほど読書好きだとは思ったこともなかったので、家にはそれほどの蔵書があるわけではない。それを知ったダンナが、日本から数冊本を取り寄せてくれたのだが、それが届いた日のことは、一生忘れられない。

学校から帰ってきた子供たちは、テーブルに新しい本が積まれているのを発見して、最初に手にしたその格好のまま、数時間をそこで過ごしてしまった。長男に至っては、靴はいたまま、帽子かぶったまま、カバン背負ったまま、そして立ったままでずっと読みふけっていた。その数冊を二人で交互に読んでいたかと思っていたら、今度は長女が涙をポロポロ流してこう言ったのだ。

「もったいない。どうしよう、全部読んじゃったー」

彼女はしばらく、「もったいない、もったいない」と大騒ぎだった。その本も、当然のことながら、そこから数日間何度も読まれていったのは言うまでもない。その後、船便も届き、本やら算数ドリルやらも届いた。子供たちは狂喜乱舞、そして、貴重なドリルを数時間で一冊まるまる回答してしまったのだ!そこで、私は激怒!「なんてもったいないことするのー!」この勿体ないというのは、ドリル1冊を一日でやっちゃうなー、ということと、下の兄弟が使える様に、直接書き込むなー!!ということであった。それ以来、我が家では、ドリルをするのにコピーをとってからというルールができ、しかも、我が家ではコピー代A4一枚につき10セントとっているので、彼らは私のところに、ドリルをもってきて、しかも自腹を切ってコピー代を支払わなければ、ドリルができないことになっている。それでも、彼らは私にお願いに来るのだ。
子供たちの目にする本は、たとえば、ことわざだったり、四字熟語だったり、ということもある。そのせいで、メルボルンに居ながら、妙に難しい日本語を知っていたりするのだ。それから、何冊も本が届く様になっても、何度も何度も読み直す習慣は変わらず、長女に至っては、私の料理の本なども、読みつくしている。面白いのは、時々、お友達から「こどもチャレンジ」などの教材本を頂いたりするのだが、ママさん向けの小冊子に至るまで読みつくしている。

私は彼らの姿に、とっても感動したのだ。人間っていうのは、ここまで知的欲求というものが備わっているんだな、と思ったのだ。だが、私が日本にいたとき、たとえば本が大好き、という子供さんを何人か見たが、それでも、ここまで何度も何度も同じ本を読みこんでいる人は見たことなかった。そこで、私は、あっと気づいたのだった。今の日本に足りないもの、それは、「渇望」ではないかと。全て何となく、物理的に満たされていて、何でも手に届くところにあって、ちょっと欲しいなと思えば手に入る。渇望と呼ばれるほどの欲求になる前に、全てが与えられてしまう。自分が今、なにがほしいのか。自分にないものはなにか、そういうものに対する感覚が、なくなっているんじゃないかと思ったのだ。

戦後の人たちの心の中は、渇望だらけであっただろう。自分にはないものばかりだった。夜中に涙で枕を濡らすほどに欲しい何かがあったのだ。そこがエネルギーになったのだろう。一般的に言われる「ハングリー精神」というものかもしれない。ただ、その欲しいものが、目に見える何か、ゲームソフトが欲しいとか、自転車が欲しいとか、そういうものではなくって、自分の内面にない何かに対する、強烈な欲求が、常識では考えられない様なエネルギーを生み出し、自分の持てる力全てを総動員することが出来る様になるのではないだろうか。

毎日学校に行けば、先生がこちらの欲求にかかわらず、丁寧に色々と教えてくださる。どんどん先回りして、色々なものが用意されている。自分でエネルギーを絞り出すほどの欲求なんて、持てるはずもない。色々な細かい物欲だけはどんどん増幅していって、それも簡単に充足される。ものを与えられても得られない満足感。とことんまで渇望したことがないから、自分の感情の深さがわからなくても無理はないだろう。自分で自分がわからなくなる。何をしたいかわからない。

私も同じ様なものだった。主婦としてこの10年を生きて、自分がやりたいことがわからなかった。焦る気持ちばかりが募る。子供を4人生んで、毎日忙しくすごして、経済的には恵まれていて、でもどうして良いのかわからなかった。何かが足りない、でもそれが渇望になるほどの欲求ではなかったのだ。それが、メルボルンに来て、毎日をポロポロと泣いて過ごして、英語を自由に操れる人になれたら、どんなに素晴らしいかと思う様になっていった。そうして思い出した昔の幻影。英語の世界でビジネスをする自分の姿を想像して、涙がまたポロポロと流れた。七転八倒するほどに手に入れたい自分の姿。普通に考えたらマトモな話ではないとわかっていても、猛烈になりたい自分を見つけてしまった。1年前は、多分一度も受けたけたことはないが、TOEICだったら400点くらいしか取れてなかっただろう私が、今は大学院生だ。私を突き動かしたもの、子供たちを動かしたものは、頭の中に大きく広がった「渇望」のエネルギーだったに他ならない。

だから、私は今の日本の教育の議論の中で、「子供たちになにを与えるか(教えるか)」という話をするよりも、与えないことによって「気づく何か」について考えてみるのも一案かもしれないと思っている。

私は、子供たちのゴールが有名校に入学することだ、とは一度も思ったことがない。とにかく、どうやってでも生きていかなきゃいけない。学校で何点とるかとか、私には全く関心のないことだ。ただただ思うことは、自分が必要と認めたときに、エネルギーを傾けてそれをやり遂げる、その力だけは備えて欲しいのだ。大学行かなくってもいい。だけど、私みたいに、40近くなって、必要と認めたら、周りがどうだとか、年食っているだとか、自分に言い訳せずに、苦しくともやってみることができれば、生きていけるだろう、と思うのだ。

具体的な方法論のアイデアが私にあるわけではない。だが、今の日本の子供たちの歪みは、「渇望」といえるほどの強烈な自分に対する欲求を、一度も感じることなく成長することにあるのではないか、そういう気がする。渇望。そう、人間には、自分を成長させたいという渇望が、誰にでも備わっているはずなのに、ある程度の物欲を満たされていることで、気づくチャンスを失っているのではないか。それが、私が10年かかって考えたことの、一つの解であった。ここで、私の子育てエッセイは、一段落させようと思う。これからは、ちょっと自分の専門分野のことについて、考えていきたいと思っている。
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