香港、悲喜こもごも

コンビニエンスがハピネスとイコールではないことは、バックパッカーをしていた頃から知っていた。

ここでそんな単純なことを論じようとは思わない。ホテル真下にあるジャスコに行けば、必要なものは全て安価に揃う。これをショッピングを愉しむとは言わない。日本よりもメルベンよりも安いマクドに入って食事をする。それが何だ。子供たちにとって夢にまでみた日本のお菓子。それに囲まれたらどんなに楽しいだろうと思っていた彼らは、それを口にしたとたん、それは夢でも何でもなくなる。ここで私たちは何をするのか。何でも手に入る贅沢な暮らし?部屋の中でコンピュータゲームに興じる幸せ?

メルベンでメルベンを愉しむには、メルベンの人と同じ様に振舞ってみるのが一番。それは、ペットボトル片手にビーチを散歩したり、ラグビーやクリケットを見に行ったり、BBQに明け暮れたり。それが一番のメルベンの愉しみ方だった。

長女は私が最も尊敬する人の一人だ。彼女は小学生にして姿勢が既にポジティブだ。香港に来て、メルベンが良かったなどとブチブチ不満を言うことが全くない。それが何の建設的な行動を生まないことを既に知っている。彼女が言う言葉は、純粋な驚きと客観的な判断だ。高いと思っていた物価が意外に安いことに彼女が最初に気がついた。いきなりつかまされたスーパーの広告を食い入る様に見つめては、日本円に換算していた。そして常に、これってすごく安くない?と驚く。私が必死で言う英語が伝わらない。「私も広東語勉強しようっと」と彼女はつぶやく。「みんな、急いでるねーっ。タクシー高速で飛ばしてるねーっ」という彼女は心底から新しい環境を愉しもうとしている。それを見て、私もバックパッカー時代の自分を思い出す。

次男は一言、「ボクは、オーストラリアにもどりたい気がする」とだけ言ったが、家探しに文句も言わずにつきあってくれた。漢字大好きな長男が、さぞや中国語に面白がってくれるかと思ったのだが、彼はただ一言、

「人多すぎ」

と絶句したのだ。それも一度ならず二度も。

日本が好きで、日本語が好きで、今でも日本の学校に行きたいと思っている彼は、ここに来てやっと、オーストラリアでの環境がいかに人間として自由で素晴らしいものであったのかと知ったのだろう。青い空、青い海、広大なビーチを我が家で独占だなんて、お金をいくら出しても、ここでは実現できるはずもない。

でも長男よ、これが価値観の違いなんだよ。逆に言えば、オーストラリアになかったものがここにはあるじゃない。

足早に通りすぎる人々。一人でもお客をつかもうと高速で飛ばすタクシー。畳み掛ける様に物件を紹介してくれる不動産業者さん。みんなすごく勤勉だ。すごく働く人たちだ。早めに仕事を切り上げてボートにのってBBQに興じているオージーにはクレイジーに映るかもしれない。でも、私はやっぱりアジア人なのだ。必死で汗を流して働く人、時間外もいとわず真剣に仕事に取り組む人に対して、私はやはり拍手を送りたいのだ。

立ち並ぶ摩天楼。山頂や中腹にも、ところ狭しと高層マンションが立ち並ぶ。でも無機質ではない。そのそれぞれの窓から、洗濯ものや窓際に置かれた小物が見える。逞しく生活を送る人たちのエネルギーが溢れている。ここは、ニューヨークやロンドンと並ぶ、世界有数の経済拠点の一つだ。まだまだ天井が見えない。まだまだのし上がってやるぞという勢いの溢れたこの国で、私たちも、その流れにのってやろうと思うのだ

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