Sweet Memories

その日。
私はいつもの様に元気よく電車をかけおりて、いつもの様にフリンダースストリート駅の地下を潜ろうとしたその時だった。

あ、今日は水曜日。

今日は稲垣クンのアコーディオンの日なのに。

その後、私は自分の身に何が起こるかを何も知らなかった。来学期の同じ頃、私はその場にも、そしてオーストラリアにさえ居ないことを知る由もなかった。

学期最後の水曜日、いつもの様に稲垣クンの奏でる音楽に耳を傾けようとした私は、いつもと違う風景に気がツいた。彼が彼のファンらしい男の人を話をしていたのだ。そのファンらしき男の人は彼に何やら曲のリクエストをしているらしく、稲垣クンは「こんな感じかな」といった感じである曲を弾き始めた。それを目を閉じて聞き入る一人の男性。ゆっくりと時が流れていた。

私はその時、どんなにそれが無粋なことであろうとなかろうと、瞬間的に今しかないと思ってしまった。露骨に彼の目の前に立ち止まり、カッコ悪く大きなクランプラーバックからごそごそと財布をとりだし、しかも小銭をごそごそと音を立てながら探し出し、そして彼の足元に置いた。

思いっきりカッコ悪く腰を曲げながら、伸ばした手を引っ込めようと、ふと彼の顔を見上げた。彼の顔は私の目の前30センチにあり、そして彼は私に、私の浅はかな想像をバキバキと音を立てて壊すかの様な、人間臭い、そして今までの人生で見たこともないような感動的な笑顔を炸裂させた。

私はドキドキで心臓が爆発するかも知れないとさえ思った。

彼は浮世のことなど何も知らず、何百年も前からそこに居るかの様な普遍的な芸術家としての品を湛えていた。彼はトイレにも行かないし、テレビなんかも見るはずもない。彼はいつでもアコーディオンを恋人にし、俗っぽいことには触れたこともない、そんな印象を持っていた。

しかし、彼の笑顔は憎らしいまでの血の通った男の子の笑顔であった。

彼はトイレにも行くし、猥談もするだろう。彼女と部屋でイチャイチャしている姿も容易に想像できた。友達と一緒にお酒も飲みに行くし、思いっきりバカ笑いだってするのだ。彼の一日は、他の誰とも変わりなく生々しく、俗っぽく、だからこそ暖かったり熱っぽかったりもするのだ。

生きているって素晴らしい。暖かい血が流れているってすごい。

彼の奏でる音楽がたとえようもなく人々の心を動かすのは、彼の心が浮世離れしているからではなく、悲しみとか悔しさとか、腹の底からゲラゲラ笑うこととか、そういった人間の機微そのものを、普通の人よりももっと深く感じているからなのだろう。

あの時。
私が俗っぽく小銭をガサガサと取り出すことをしなければ、私は今でも静物の様な美しさで彼をとらえていたことだろう。

実際、あの時が彼と接触するラストチャンスだった。

私はその後二度と大学に戻ることはなかった。

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