教育のチカラ(II)

彼は、いや彼のママは、次男の同級生のお母さんだった。

メルボルンで次男は3ケ月過ごしたプレップを再度やりなおすことになった。落第というのか留年というのかわからないが、まだまだ英語もビギナーレベルを抜けない彼をグレード1に無理に上げるよりも、再度ABCからきっちりとやった方が彼のためになるという先生の配慮からだった。

2回目のプレップで同じクラスになったのがCクンである。

彼は普通のオージーボーイ。少し線の細い感じがしたけれども、真っ白な肌にクリクリのブロンド、ちょっぴりワガママなところもあるけれども、それも問題視されるレベルではなかった。彼が時々次男と遊んでいることで、彼のママとも話を交わすようになった。でも、彼女はちょっぴり変わっていた。

オーストラリアのママさん達は、本当に素敵な人ばかりだった。とても優しくて明るくって、私がめっちゃくちゃな英語で話しかけたりしても嫌な顔一つせずに一言一言理解を示してくれたし、向こうからお話してくださる時は、私にも配慮してゆっくりとした英語で話してくれた。しかし、そのCクンのママは不思議なまでに私に対しての何の先入観もなく、あまりにも普通に話しかけて来られるので、こちらが心配してしまうほどなのだ。うまく言えないが、私に対して、全く外国人だとか、英語が話せないとか、そういうバックグラウンドの認識がスコンと抜けていて、ただただ「4人も子供のいるお母さん」という部分だけを見て、色々と話しかけてくれるようになったのだ。

彼女はとても変わっていた。

それは、子供に暴言を吐いたり、子供に対して暴力的だったり、ヒステリックな行動をとるということなのだ。場所が日本だったら、私は特に不思議に思わなかったのかもしれない。でもオーストラリアというのは、子供は天使、うちの子供は世界で最高にカワイイのーっ、と大声で叫んじゃうくらい子供ラブな親ばかりが居るので、子供に対してヒステリックに叫ぶその姿は、周りからかなり浮いていたように思う。それはもちろん、先生にも目撃されていた。

そんなある日、プレップの父兄宛に、あるイベントのお知らせが届いた。それは、もしあなたが子育てに不安や難しさ、疑問などがあったら、是非このイベントで先生を交えて話してみませんか、というカウンセリングもどきイベントのお誘いであった。私は前年度にはそんな案内見たこともなかったので、小さな小さなその学校では、このイベントは彼女のために用意されたものなのだと誰もが思ったに違いない。

彼女は子供に対しては、ヒステリックに叫び続けることがあったが、大人同士の間では非常に丁寧で上品で、私も何か彼女の力になれることはないかと考えてはみたものの、引越しして数ケ月、外国人の私に何もできるはずもなく、でもCくんは我が家をとても気に入ってくれて(子供多いし)、私も彼を車に乗せては家に連れて帰り、彼女が迎えに来ると、決まって素敵な手土産を頂いたりと、そういった関係が続いていた。長期休暇の時にも田舎から私に電話をくれて、いついつ頃にはメルボルンの家に帰るから、そしたら一緒にルナパークに行こうね、とそんなやりとりをする間柄になっていった。

彼女は時々、自分には子供が一人なのに死にそうに大変で、あなたはどうして4人も子供を育てられるの?大変じゃないの?と聞いてきた。Cクンによると、彼女は手が痛いといってランチも時々作ってくれない時があるらしい。うーん、何と答えれば良いのかと思いつつ、そういう時は私は常に長女をダシに使ってしまう。うちはね、長女がママみたいなもんだから、私は何にもしなくていいのよ。ドライバーだけ。子供が複数いる方がお互い遊んでくれるから、一人の方が大変なのよ、なんて言ったりもした。

私から見ると、大人だったのはCクンのほうだった。ずっとママと閉じた世界に住んでいたのが、いきなり外の世界で開放されたのかもしれない。ママから離れて過ごしていると、一人で出来ることがだんだん多くなってくる。彼のワガママっぷりが格段に減り、彼女も声を荒げる必要がなくなって来た。子供と離れて自分の時間がとれた事で、彼女自身も余裕ができたのだろう。

ここですごいと思ったのは誰も彼女を非難しなかったことだ。確かに彼女がヒステリックに叫んでいる瞬間は、まわりの子供たちもママも一瞬ひるむ。先生も「ママが呼んでいるからお家に帰ろうね」とママの意向を最優先にしていた。私だったら子供に対してその態度はないだろ、と説教こきそうなシチュエーションでも、誰も彼女を非難したりしない。彼女を指差してヒソヒソなんてことも全くなかった。彼女は孤立もしなかったし、孤独でもなかったと思う。Cクンも誰にも拒否もされず、普通に毎日を過ごしていた。日本だったら父兄会でも開かれそうな場面かも知れなかった。あのママの言動は周りの子供たちに悪い影響を与える、何とかしろ、とかね。でも現実に、事態はただ静かに終息して行った。先生たちの視線は、明らかにそのママの態度を何とかしなければという感じがあったが、直接的に彼女を否定することは一切なかった。もし貴方が困っていれば、私たちはいつでもウェルカムです、そういう態度を通し続けた。立派だった。その姿を見て、私も彼女に対して自信を持って普通に振舞うことができた。

オーストラリアの良いところは、きっとここだろう。Cクンとそのママの周りに、先生や他の子供たち、そのママたちががっしりとフォローするぞとばかりに待ち構えているのだ。非難や否定することで事態が良くなることはない。子供は悪くない。ママの心を穏やかにするしか方法はない、みんながわかっていた。彼女は、休みになるとずっと実家に帰るそうだ。そこではおじぃちゃん、おばぁちゃんの助けを借りて、メルボルンでは学校や周りの大人たちの助けを借りて、それでCクンは何の問題もなく、健やかに育つ環境を与えられた。そして彼女はそんな周りに本当に感謝していた。

そして、私は彼女が笑う声や、上品なジョークを何度も聞くようになった。もちろん、その後、彼女がヒステリックに叫ぶ姿を二度と見ることもなかった。

優しくされると、他の人にも優しくできる。
笑顔を向けられると、自分も笑顔で居たくなる。
目に見えない素敵な連鎖を目の当たりにした様だった。

あの学校で、本当に良かった。

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