I wanna die a Natural Death.

私は、最愛の叔母(母の妹)を、私の結婚式の2ケ月前に亡くしている。

叔母は離婚をして実家に戻っており、私の両親は台湾駐在中だった。自宅マンションで一人暮らしの私は、祖母と伯母(母の姉)と私の3人で、叔母の入院生活を見守った。

3週間で退院できる簡単な手術、のはずだった。

頭が良くで美人で、母の自慢の妹だった。仕事を続けていて、経済的に余裕もあり、あちこち美味しいレストランを知っていたグルメだった。

入院して病院のベッドの上でパジャマ姿に着替えた美しい叔母は私に言った。

「迷惑かけるかもしれへんけど、宜しくお願いします。まぁ死ぬようなことはないから」

そして彼女は笑った。

私は確信を持って言えることは、それは医療ミスだった。
祖母、伯母、私。頼りない女三人で、大事な叔母を支えてあげられたのか、今でも自分を責める時がある。担当医は別件での医療ミスも重なり、僻地へ飛ばされた。担当医が変わったが、その先生も前任の先生を庇う。素人が証拠も無しに何も言えない。

3週間で退院できるはずが、自分の身体がどんどんと苦しくなってきているのが分かった叔母は、後任のしっかりとした恰幅のいい先生に「先生が手術をして下さったら良かったのに」と涙を流した。

叔母は治る見込みが無くなってから半年くらい病院に居た。
いつでも私を気遣ってくれて、足などを揉んであげるとすぐに「あけみちゃん、疲れるからもういいよ」と言ってくれていたのだが、それが「もういいよ」と言わなくなった。それほどマッサージされるのが気持ちよくて、それを止められなかったのだ。

それほど辛かったのだしんどかったのだ苦しかったのだなのに私は何もしてあげられなかった。

私なんて一日でも頭痛がすると、もう死ぬんじゃないかと思うほど辛くなってパナドールを飲んでしまう。飲めば30分で効いてウソの様に楽になる。でもほんの1時間ほどの頭痛に耐えられないのだ。

治る見込みのなかった叔母が苦しんだ半年。それに何の意味があったのか私にはわからない。でもたぶん意味なんてない。苦しんだだけ。辛かっただけ。耐えて耐えて治る見込みがあれば耐えた甲斐があったと思う。叔母が時々涙を流していた時があった。苦しかったんだと思う。どうしてあんなに有能で、美人で私に優しかった叔母が、あんな苦しみを強いられたのか訳が分からない。人に弱みを見せなかった叔母が、最後の最後にあんな姿を姪っ子に見せたくなかったに違いない。プライドもずたずただったと思う。

あの痛みに耐える必要も意味もないと思う。
昔なら、医療の発達していなかった昔なら、とうに亡くなっていたはずの人に、器具をつけて延命する。そこにあるのは患者本人には全く関係のない思いだけだ。

医療に携わる人間として患者を死に至らしめる行為には手を下せない。
と思う医療関係者と、

もしかすると奇跡でも起こって回復に向かうのではないか。
と思う患者の家族たち。

その思いに何の反論もできない、死に到る病に苦しむ患者本人。

痛みだけをとってあげて、残り少ない時間を家族で共有したかった。

みんな忘れてはいけない。
寝込んでいるから痛みを感じないわけではない。
しんどくて苦しくって仕方がないのだと私は思う。
病院でなくて家に帰してあげたかった。もうみんな覚悟ができていたのに。

あの6ケ月間の意味を、私はまだ見つけられずにいる。
身体が動かなくなって、意識もないと思っていた叔母が涙を流すことがあった。声が聞こえているようだった。

殺人者として捕まってでも、呼吸器外してあげれば良かったのかもしれない。

私は結局、お世話になった叔母に何の孝行もしてあげられなかった。

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