CHAOS

かなり前、モンテッソーリ幼稚園の園長先生にインタビューをしたことがあった。

その時に彼女が力を込めて言った言葉を時々思い出すことがある。
「その昔、情報なんかがこれほど溢れていない時代の方が、もっと人間というものへの深い洞察、理解があったのではないかと思う」

最近、同じことを考えているのである。
知識管理で暗黙知を形式知化しようと思った際、詳細すぎる記述はかえってよくないという話があった。要するに、その知識を普遍化し汎用化するためには、ある限定された状況下でしか使えないような克明過ぎる表現では、人々は判断を誤ることがある。というのは状況が許さないことがあるからだ。つまり、状況に応じてその知識を応用するためには、そのポイント(理由や本質部分)を説明するにとどめ、それを各人の状況に応じて適用できるようにすべき、なのである。

しかし。
今、現代において問題になっているのは、そういったポイントのみの説明では適用できない、応用できない人たちが量産されていることなのだ。

人間はどこから間違ってしまったのかが、よくわからない。

思考のサイクルが超高速回転となり、
情報はよどみなく流れ、蓄積され、知への渇望は薄れる。

でも、人間は本当に賢くなったのか。
人間の未来が輝かしい、と思えない時がある。

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