どうして広東語を勉強しなかったんだろう?

東方神起的タイトルにしてみました。

本当に悔やまれる、のであーる。

香港では、英語で普通語を学び、その後、普通語で広東語を学ぶ、ということをやっていた。広東語を習い始めたときに、その先生が、私の普通語がぐっしゃぐっしゃになっていくのを見て突然に、

「もう広東語教えないからっ。どうして広東語を勉強したいっていうのか、わっかんないっ」

と言い出し、広東語を全く教えてくれなくなってしまったのだ。何を聞いても普通語でしか返してこない。

香港で私が住んでいた街は、ほぼ英語だけで生活できるところで、将来的なことを考えれば普通語を勉強した方がいい、ということで勉強を始めた。英語と中国語がモノになれば、それは武器になる、と誰もがそう考えることだろう。香港に住んで普通語を習得したならそれでいいじゃない、中途半端に広東語を勉強するくらいなら、普通語をもっと究めた方が良い、というのがその先生の弁であった。

しかし、実際は、香港で普通語を使う機会が全くなく(広州と昆明旅行の時だけは非常に役立ったのであるが、それ以外に使う術はなく)、時々来る英語の全く出来ない修理のお兄さんに話しかけたりもしたが、その程度でモノになるはずもない。SOHOであるため、直接ビジネスで中国語を使う環境でもなく、私の普通語は中途半端なままで終わった。要するに二兎を追って一兎も得ず、の典型であった。もし広東語に特化して勉強していれば、広東語ネイティブの環境下で広東語だけでもモノになったかもしれないのに、である。

今にして思えば、なのである。結果論として、間違っていたと気づいてしまったのである。

ソウルに着いてから、14年間全く使わなかった韓国語を使い始め、単語をほぼ全て忘れているのに気づき愕然とはしたが、そこから1週間程度で50%くらい勘が戻ってきた。未だに思い出せない単語が多々あるが、生活するのに困るほどではない。不動産会社や、インターの学校の受付、タクシーの運転手さんとの会話、サービスアパートメントの受付の兄ちゃんやお掃除のおばさんとの世間話程度には困らない。それだけでどれほど多くの情報を獲得したか。この1週間でどれほど多くの人と話をし、どれほどこの街に愛着が沸いたか知れない。

広東語が出来れば、私の香港はもっと違ったものになっていたかもしれない。

英語を話す一部の超高学歴層や、欧米の駐在員層など、つきあう層は限られていた。ビジネスのことにしか関心のなかった私は、その環境に酔いしれていたのかもしれない。でも香港を去る時に何の感慨もなく、寂しさもなく、後ろ髪も引かれなかったのは事実なのだ。

そんな折にも、メルベン時代の大親友だったロシア人ママからメールが届く。私が今でもメルベンが大好きなのは、素敵な街並みや自由な生活だけではなく、そこで出会った友人たちとの思い出がいっぱいありすぎて、ふと思い出すだけでも未だに胸が熱くなってしまうからなのだ。

その土地の言葉を学ばない限り、その土地を本当に知ることはできない、と思う。

韓国語を究めなければ。

っちゅうことで、BigBang/ソテジ/東方神起のCDを購入。
ソテジは今年復活の年で、現在アルバムチャート1位っ。コンサートチケットも完売。彼のデビュー曲を、今でも踊れる私であった(笑)。彼も大人になったわね。

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