韓流とは何か

を考察してみたいと思う、のである。

私はテレビを見る習慣がなくなって久しいので、つまりドラマも見ない。嵐や東方神起がカッコいい!とは思っても、直接会って握手をしてみたいという欲求はゼロである。まして追っかけてみようなどと夢にも思わない。だからそういう行為をする人たちを理解できるはずもない、

と思っていた。

しかし韓国に来てから、韓流パワーが「ちょっとしたマイブーム」ではなく「人生そのもの」または「生き甲斐そのもの」である人達と多く出会い、話をしていると、それはもう、

ターゲットは何であれ、熱さは同じ

であることに気づき、その熱い想いにこちらまで目頭が熱くなってしまう程なのだ。私が学位習得に躍起になっていたのと同じ、またはそれ以上の熱さでもって、韓国の歌手や俳優を追い求める。そして、そのために韓国語の学習を始め、そして本当にモノにしていく。私が延世大学の語学堂に居た15年前には全く考えられなかった様な学習層が見てとれる。当時は、ビジネスマン、駐在員夫人、韓国人と結婚した女性、そして葛藤を抱えながらルーツを求めて学習を決意した同胞達ばかりだった。現在は違う。大部分をこの「韓流パワー全開の女性達(一部男性)」が占めているのだ。特に私が現在通う語学学校は、学習単位が1ヶ月と短期であること、また芸能事務所が多く存在するエリアに位置するため、その女性達の割合が多いのかもしれない。そしてその年代層がすごい。20歳代の女性も存在するが、多くは40代以上、定年退職された女性等、私よりも年上の女性が多く存在し、そして下宿に住まい、勉強をしながら、そういった俳優たちの事務所に連日通ったりするのである。彼女たちは、いつ現れるかわからない俳優を数時間雨の中で待つこともあり、それはやはり人気商売をしている俳優側からすれば、こういったファンの存在は100%有り難いと思うべきで、実際、ものすごく丁寧に対応してもらっているのを見るにつけ、日本の芸能人とは違う何かを韓国人俳優に感じてしまうのだ(もちろん、個人的には、俳優その人のプライバシーなど尊重すべきで、だからファンとしては節度を持って、そういう個人事務所へ突撃するようなことは避けるべきだろうとは思う。だけど、それでも丁寧に対応してもらっている話を聞くと、彼らが本気で「感謝」の念を表しているのが分かり、それが日本のアイドルとは違って、年配女性達のハートをまたまた掴んでしまうのだと思うのである)。

実際、キャリアも経済的自立も手に入れ、エステにもお金もかけられる、何の不自由もないかに見えるシングルミドルのある女性は、日々の仕事の忙しさの中で自分を見失い、人生の目的が何だか分からなくなってしまったそうだ。そのままだったら死んでしまっていたかも知れない。そんな彼女が、たままたテレビを付けたところ、ある韓国の男性俳優の演技に目を奪われた。それから一気に彼の作品を追い求め、韓国語を勉強し、これまでに数十回ほど来韓。彼女にとって、その俳優は命の恩人、なのである。そして人生そのものなのである。

誰も、何も言えるわけがない。人間の出会いってすごすぎる。

そんな感動とは別に、ある思いも同時に抱く。日本の芸能界は何をしていたんだ、という疑問だ。

そして、乱暴ではあるが、私流に韓流を分析すれば、これは、

中高年以上の富裕層をターゲットに市場を開拓して来なかった、そしてサービスを提案・提供できなかった、日本の芸能界の怠慢

であり、と同時に

ビジネス界においても、機会逸失であり外貨流出の大事件

であったわけである。この間、日本の芸能界は、月のお小遣いが数千円から一万円程度の子供およびその母親層のみをターゲットとし、若年化、幼稚化そして低能化していったのではないかと思う。それに対して韓流ファンの層は50歳代以上にコアファンが多く、彼らの落とす金額は数百万円~数千万円にも上るという。ケタが違いすぎる。日本の芸能界は何をやっていたんだと思うと、腹立たしくさえ思うのである。

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